ギャラリー Mami
IWAO-AKIYAMA ART MUSEUM
トップページボタン
ごあいさつボタン
イベントボタン
お買い物かごボタン
秋山巌作品ボタン
秋山巌経歴
秋山巌Photoギャラリーボタン
海軍落下傘部隊ボタン
まみだより
過去のブログ まみだより
は、こちらから
秋山巌_Facebook
広島真福寺ボタン
リンク
著作権
訪販法による表記
ギャラリーMami
メール メール
 メール・HPからの
 お問合せの前にご確認を!
 docomo/AU/SoftBankなどの
 携帯電話で、メール受信拒否設定を
されている場合は、当方からのご連絡
メールが届きません。
 (受信拒否設定されています)
info@iwao-akiyama.com か
 iwao-akiyama.com のドメインで
 メールが届くように、受信許可の
 設定をして下さい。
お問い合わせは上記設定完了後に 
お願います。
 
 また、G-MailやYahoo!メール等の
 フリーメールについても同様に
 メールが届かない事例が発生して
 います。
 
 設定方法等は、各携帯電話会社や
 プロバイダーのサポートセンターへ
 お問い合わせ下さい。
 
トップページ > 海軍落下傘部隊
海軍落下傘部隊
かつて、日本の海軍には、全国から集められた精鋭部隊の「海軍落下傘部隊」がありました。
1940年(昭和15年)11月15日、山辺雅男海軍中尉は、テストパラシューター指揮官の命をを受け、
砲術学校の中から選抜された25名と共に、落下傘部隊編成上必要な基礎実験を開始します。
実験は、「1941年(昭和16年)3月上旬までに至急完成し、その資料を提出すべし」との、
海軍大臣命令が下りていました。
そして、横須賀鎮守府第一特別陸戦隊は、1942年(昭和17年)1月11日
セレベス島のメナドに、日本初の落下傘降下を行い、横須賀鎮守府第三特別陸戦隊は、
同年2月20日、チモール島のクーパンの各攻略戦に参加、落下傘奇襲降下を成功させます。
実父「秋山巌」は、志願して、横須賀鎮守府第三特別陸戦隊に所属し山辺海軍中尉のもと、
海軍落下傘部隊として大東亜戦争に参加しました。
私が幼い頃、父は落下傘部隊の写真(アルバムのようなもの?)を私に見せ、戦争の話をよくしていました。
ギャラリー馬美をオープンし、父と一緒に仕事をするようになってからは、
お客様との宴会などでご機嫌になると、海軍の話や、戦場の話をすることもありましたが
落下傘部隊の話は、全くしていなかったと思います。
2008年の暮れに、父といろいろと話をしている時に、落下傘部隊の話になり
(きっかけは思い出せないのですが・・・)
父が、「館山に、海軍落下傘部隊の碑があるよ。
わしの名前もあるから見てきてごらん」
と言ったのです。
2009年1月、私は夫と一緒に旧友の案内で
館山「海軍落下傘部隊発祥の地」の碑を訪れました。
その後、館山砲術学校跡や、赤山地下壕、
落下傘訓練用プール跡などの、戦争遺跡も廻ってきました。
旧知の友が、館山の戦争遺跡などを保存するNPO「安房文化遺産フォーラム」で活躍していて
ガイドを引き受けてくれたおかげで、私は、あの「戦争」の事を何も知らない事に気づきました。
まずは、海軍落下傘部隊のことを知ろう。父の青春時代を、しっかり聞いておこう。
せめて、父がいた「海軍落下傘部隊」のことだけでも、語り継げるようにならなくては・・・。
そんな思いで、HPにこのコーナーを設けました。
◆ 海軍落下傘部隊を語り継ぐ会 (仮称) 準備委員会を立ち上げました。
元海軍落下傘部隊の皆様、ご遺族の皆様、ご縁のある皆様からのご連絡をお待ちしております。
<連絡先> 
        ギャラリー Mami (ぎゃらりーまみ)  町田 珠実 (まちだたまみ)
        TEL/FAX 0798-57-3313
        E-Mail : info@iwao-akiyama.com
   海軍落下傘部隊(アメブロ)へのリンク  
     
2018年5月27日(日) 安房神社 海軍落下傘部隊慰霊祭も無事に参加出することが出来ました。
関係者様のご参加いただきありがとうございました。
このページをお借りして、お礼申し上げます。
   2018年の慰霊祭(アメブロ)へリンク  
トップページへ  ページトップへ